言語聴覚士(ST)が専門とする言葉によるコミュニケーションは、乳児期から発達の過程で獲得され、他者とのやりとりを繰り返すうちに、日常生活には欠かせない情報伝達手段へとなっていきます。

しかし、言葉の発達の遅れや聴覚障害などで言語が十分に獲得されない、脳血管障害による後遺症などによって能力を失ってしまうことがあります。STはそのような方々に対して、検査と評価を行い、必要に応じて訓練や指導による能力の向上を目指します。

今回はSTが行っている言語訓練についてご紹介します。

1.言語訓練とは

言語には、聞く、話す、読む、書くという4つの側面があります。言語障害はこの4つのいずれかに問題が生じており、言葉を使用してのコミュニケーションや社会生活に難が生じている状態を指します。

言語訓練はそれらの問題に対して絵カードや文字カードなどを使用して、言葉の理解や表出を促すサポートを行い、コミュニケーションを円滑にすることを目標にしています。

医師が介入するのは診断の際とカンファレンスなど患者様の状態報告や退院に向けた話し合いの場に参加する程度で、言語訓練は言語聴覚士が主導して進めていきます。

2.対象となる疾患と構音訓練との違いについて

広義の言語訓練には、先に述べたような言語訓練のほか、口腔構音器官の麻痺や運動障害によって生じる構音障害に対する構音訓練も含まれますが、この2つには明確な違いがあります。

ここでは言語訓練と構音訓練について少し詳しくご説明します。

言語訓練と構音訓練の違い

言語訓練は話す、聞く、読む、書くのいずれかに問題を生じている場合に適応となりますが、構音訓練は脳で処理される段階ではなく、麻痺や欠損など口腔構音器官(下顎、舌、口唇、軟口蓋)の動きに問題があり、正しく発音出来ない場合に適応となります。

つまり、言葉の理解や想起など言葉を扱うことには問題がなく、頭で考えた言葉を音として発する時の口の動きだけに問題が生じている人に対して構音訓練を行います。

口腔構音器官の問題は小児であれば、出生時から麻痺や欠損で動きが悪い、発達する中で正しい使い方を獲得出来ていないなどの原因があり、成人では脳血管障害の後遺症による麻痺、口腔構音器官の腫瘍の切除による欠損などが原因となります。

言語訓練が必要な疾患

言語訓練を必要とする疾患は様々です。小児では一定の年齢に達しても言葉の理解が乏しい、話す様子が見られないなど言語発達障害が疑われる場合や、一度言語を獲得したのちに脳の病気(脳腫瘍、脳出血など)や脳の損傷によって話せなくなる場合があり、言語訓練の対象となります。

成人で多い原因は脳血管障害(脳梗塞や脳出血、くも膜下出血)による後遺症で生じる失語症です。認知症でも言語障害は生じますが、その場合は言語訓練よりも認知機能訓練や機能維持のためのリハビリが中心となります。

3.言語障害の評価方法

一般的な病院での成人の失語症を例に挙げると、医師による疾患の診断とリハビリの処方箋が発行され、言語聴覚士が評価をすることから介入スタートします。

インテーク(初回面接)

評価は初めから検査用紙を使用して行うのではなく、あいさつや自己紹介などの会話から現在の状態を診ます。会話中のリアクションから、聞こえているか、認知機能や記憶に問題はないか、会話内容に合った返答があるか、スムーズに話せているかなどの情報を得ます。

医師の診断とMRI画像所見、インテークの様子からおおまかに予想される障害を把握し、今後必要と考えられる検査や評価の検討をつけます。

知的機能検査と言語検査の必要性の判断

机上検査は長谷川式簡易知能評価スケール(HDS-R)など負担の少ないものから検査を開始し、レーヴン色彩マトリックス検査(Raven’s Colored Progressive Matrices :RCPM)やコース立方体組み合わせテストなどの知能検査を行います。

この段階では現在の知的能力の確認をし、全般的な能力低下なのか言語に限定した能力低下なのかという問題点の明確化と、他の検査を実施する阻害因子(集中力は維持できるか、注意に問題はないか、簡単な指示は理解出来るか、知的な障害はないかなど)の有無をみます。

これらの評価とMRIの脳画像の損傷個所から標準失語症検査(Standard Language Test of Aphasia :SLTA)やWAB失語症検査日本版など失語症検査の必要性を判断し、必要であれば検査を実施して、言語能力を詳細に評価していきます。

失語症検査の評価と訓練の設定

標準失語症検査(SLTA)は26項目と課題の量が多く、自発話、話し言葉の理解、復唱、呼称、読み、書字、行為、構成の8側面について評価が出来るため、一般的に多くの施設で採用されています。施設によってはWAB失語症検査等を用いる場合もあります。

これまでに実施した各種検査結果と日常生活場面の様子、非言語的コミュニケーション能力(言葉を使わない指さしやジェスチャーなど)をもとに、失語症の種類(運動性失語、感覚性失語、全失語、伝導失語など)を鑑別診断します。

また、患者様の言語能力がどの程度で、どこに問題があるのか、どんな訓練をどのレベルから始めるのか、訓練目標の設定などを検討してから訓練を開始します。

再評価の実施

訓練効果は日々の訓練場面や日常生活場面での変化と、定期的にSLTAなどの検査を実施することで評価します。

ある程度同じ訓練を継続することは大事ですが、定期的に再評価を行うことで、目標とする効果が得られているか、都度確認し、修正しながら訓練を実施していきます。

4.具体的な言語訓練の方法

この章では言語聴覚士(ST)言語訓練の方法についてご紹介します。

言語訓練は患者様の評価を実施したのち、障害の特徴や持っている能力のレベル、ニーズに合わせて訓練目標を設定し、訓練の内容や方法を選択していきます。

今回は失語症症例に対して実施される言語訓練をいくつかご紹介します。

訓練① 絵カードを用いた訓練

失語症訓練の中でも導入や訓練で多く使用される道具が絵カードです。重度な場合は物の概念の理解も障害されている場合があり、絵カードよりも想起しやすい具体的なものとして実物や写真カードを使用する場合もあります。

訓練に使用されるカードに決まったものはなく、小児の学習用に販売されている名詞や動詞のカードを使用する場合や、ST向けサイトに配布されているイラストなどを使用して、言語聴覚士が患者様に合せて自作することもあります。

難易度は文字数や親密度(よく見聞きするものや生活に密接してるものがより親密度が高い)などを考慮し、患者様の重症度に合せてSTがカードの種類や枚数を選択します。

理解訓練

理解訓練は、次のように行います。

①.対になった絵カードの一方をSTが束で持ち、残りを患者様の前に絵が見えるように並べます。
②.STが読み上げたカードと合う並べたカードの中から選んでもらいます。
 ST「りんご」「寝る」と呼称→患者様が絵カードから正解を選択
③.正解であればST側のカードを提示し、同じものを選べたか答え合わせをします。不正解であれば、再度読み上げ、必要であれば語頭音やジェスチャーなどのヒントを与えます。
④.同様の手順で手持ちのカードがなくなるまで繰り返します。

表出訓練

表出訓練は次のように行います。

①.患者側に絵カードを見えるように並べます。
②.STが「これはなんですか?」と患者様に呼称を促します。
③.正答できれば、次のカードへ進みます。不正解であれば語頭音やジェスチャーなどのヒントを与えます。
④.同様の手順で手持ちのカードがなくなるまで繰り返します。

訓練②.文字カードを用いた訓練

話す、聞くの音声言語が比較的保たれている失語症の場合には文字カードを使用した訓練を実施します。

文字カードにはひらがな、カタカナ、漢字の3種類がありますが、絵カードと同様に訓練用として決まったものはないため、文字学習用の市販のカードやSTが自作して用意します。

理解訓練

文字カードを使った理解訓練は次のように行います。

①.対になったカードの一方をSTが束で持ち、残りを患者様の前に文字が見えるように並べます
②.STが文字を読み上げ(絵カードを見せる場合もあります)、並べられた文字カードから当てはまるものを選んでもらいます。
③.正解であればST側のカードを提示し、同じものを選べたか答え合わせをします。不正解であれば、再度読み上げ、必要であれば語頭音やジェスチャーなどのヒントを与えます。
④.同様の手順で手持ちのカードがなくなるまで繰り返します。

表出訓練

表出訓練は次のような流れになります。

①.患者側に文字カードを見えるように並べます。
②.STが「これはなんですか?」と患者様に音読を促します。
③.正答できれば、次のカードへ進みます。不正解であれば語頭音やジェスチャーなどのヒントを与えます。
④.同様の手順で手持ちのカードがなくなるまで繰り返します。

訓練③.実用コミュニケーション訓練

先に挙げたようなカードを使用した訓練などは失語症の代表的な訓練ですが、実用的コミュニケーション訓練は失語症の症状へのアプローチではなく、日常的なコミュニケーションを少しでも円滑に出来ることを目的とした訓練です。

中等度~重度の失語症で、言語によるコミュニケーションが難しい場合に先ほどのカードなどの言語訓練と並行して行います。実用的コミュニケーション訓練の代表例としてはPACE(Promoting Aphasics Communicative Effectiveness:失語症患者のための実用コミュニケーション能力促進法)があります。

実用的コミュニケーション訓練では「お腹が空いた」「○○を取って欲しい」など日常生活でよくある場面を想定して、言語に加えて絵カードやジェスチャー、指さし、絵を描くことなどを練習することで、残された機能を生かして周囲とのコミュニケーションが出来るようにしていきます。

失語症によって言葉をコミュニケーションの道具として上手く使えなくなったことで、訓練によって言葉を取り戻すことに意識が向いてしまいますが、言葉はあくまでもコミュニケーションの道具の1つであり、言葉以外の手段でも意思疎通が出来ればコミュニケーションは成立します。

そのため、苦手な言葉で話すことに固執しすぎず肩の力を抜いて、患者様が使える手段をなんでも使ってコミュニケーションそのものが嫌にならないように、他者とのやりとりを楽しめるようにすることを目的としています。

訓練場面では、フリートークを中心に行います。STが一方的に話さないよう配慮しながら、ジェスチャーや描画での表現も促しつつ、交互に発言するように進めていきます。STとの訓練で練習をしてから、少しずつ看護師や家族との会話場面でも活用出来るように進めていきます。

5.まとめ

今回は言語障害と言語聴覚士(ST)が臨床で実際に行っている言語訓練についてご紹介しました。

言語障害が生じる年齢や疾患は様々で、障害の程度も人それぞれ異なります。そのためSTは患者様一人ひとりとしっかり向き合うことで、評価を行い、訓練内容も基本的なやり方に沿いつつ、生活背景や退院後の生活に合せて構成しています。

言語障害を持っている人とコミュニケーションをとるのは難しいとつい考えてしいますが、実用的コミュニケーション訓練で説明したように、言語以外の手段を併用することでコミュニケーションをとることは十分に可能です。

STとして言語訓練を行う際には、是非コミュニケーションを楽しむ気持ちで取り組んでみてください。

今回の記事が皆さんの職場選びの参考になると幸いです。
言語聴覚士(ST)の求人・転職情報はこちら

関連記事

言語聴覚士(ST)の働き方やキャリアに関するおすすめ記事をご紹介。