言語聴覚士(ST)として働いている方や、STを目指している方の中には、海外で最新の言語療法について学びたい、海外で活躍したいという方もいらっしゃるのではないでしょうか。

STの基本的な治療方法は日本も海外も大きく変わりありませんが、海外の方が日本よりも細分化された専門性をもって臨床や研究に励んでいたり、障害に対する考え方が日本とは異なっていたりと、海外ならではの学びが得られます。

今回はSTの海外留学とその後のキャリアについて、海外を目指す方が知っておきたいポイントをまとめました。

1.言語聴覚士(ST)が留学で学べること

STは多くの国で、専門性が認められている医療職です。国によってSTの認知度や位置づけは異なりますが、言語や嚥下などSTが関わる分野での様々な研究が進められており、海外で学んでみることはとても貴重な経験であると言えます。

まずは留学することの意義や学べることについてご紹介していきます。

日本とアメリカの違いから分かる留学の意義

日本の病院のSTは基本的に成人分野、小児分野とおおまかな専門に分かれている程度で、言語障害も嚥下障害も聴覚障害も「STの仕事」として、ひとまとまりに捉えられています。

しかし、アメリカを例に挙げると、言語や飲み込みを専門として扱うのがST(アメリカでの名称はSLP; Speech-Language Pathologist)、聴覚障害を扱うのは聴覚訓練士(オージオロジスト、Audiologist)と呼ばれる別の職種で、資格試験も別にあります。

さらに成人と小児の分野に分かれ、臨床での治療や研究を行いながら失語症や音声障害、嚥下障害などより細かい自分の専門を持ち、その分野のスペシャリストとして活躍していくことになります。

日本のSTが海外に留学する場合、大学もしくは大学院へ留学して、勉強していくことになります。国によって日本のST資格の扱いが異なるため、その国での資格の取得を目標として学んだり、自身が専攻する研究を行うことが多いようです。

現在、日本の臨床で行われている言語療法の多くはアメリカをはじめとした諸外国で確立されたものが多く、海外留学をすることで、どの分野においても最新の治療法について学ぶことができます。

考え方の違いについて知ることができる

障害に対する基本的な考え方も日本と海外では異なります。

内閣府が公表しているデータから、日本では「障害者=社会的弱者」であるという見方が強く、出来ないことが多い、社会的なサポートが必要な人という考え方が多い傾向にあると考えられます。そのため「今持っている能力を活かして、できることを見つける」ことが基本になっています。

海外では障害は個性であるという認識で、障害の有無に関わらずみんなが平等であり、「その人がやりたいことを目指してサポートする」という考え方が一般的となっています。雇用など社会的参加も、日本に比べて積極的に行われています。

このような障害に対する考え方の違いから、リハビリの介入の仕方や障害者に対する接し方の違い、ユニバーサルデザインの取り入れ方など様々な点で日本との違いを感じることができます。

2.留学をする際の注意点

日本の言語聴覚士(ST)が留学をする際には、留学の目的が明確になっていることが重要です。

STとしての専門知識を学びたいのであれば、自身の興味ある分野とそのなかでもどんな事柄に興味があるのか、その分野を専攻している教授の下で学ぶことは可能かなどを確認し、希望の学校への受験資格条件を把握しておく必要があります。

また、将来的に海外での就職を希望しているのであれば、その国のST資格の取得方法、ビザなど就業のためにどのような準備をしておかなければならないのかなど、先を見越した検討が必要です。

3.留学先を選ぶ際のポイント

言語聴覚士(ST)の養成校を持つ国はとても多く、代表的な国として、アメリカやオーストラリア、ニュージーランド、カナダなどが挙げられます。希望の条件に近い留学先を見つけられるよう、留学先を選ぶ際のポイントを押さえておきましょう。

情報収集

本格的に海外で学びたいと考えているのであれば、現地の大学や大学院などに入学して学ぶことになります。

希望する国や地域の養成校の有無、その国でのST資格の取得方法、日本で得た学位やST資格は有効か、学費はいくらかかるのか、周辺地域の治安や物価など、留学するためには様々な情報を事前に確認しておかなければなりません。

全てを自分で調べることはなかなか大変ですので、海外留学のサポートをしている団体などで相談するのが安心です。いろいろな団体があるので、希望に合うところを探してみましょう。

キャリアプランをイメージする

養成校を選ぶ際には、現地での就職を希望する場合も日本に帰国する場合も留学後の自身がなりたいST像を念頭において選択しましょう。

海外のST養成校も日本と同様に、病院に付属した臨床に強い養成校や大学院を併設した研究に強い養成校など、付帯施設やカリキュラムに様々な特色があります。

実際に最新の治療法を学びたい方や留学後に海外施設での臨床を希望するのであれば、実戦に即したカリキュラムが多い学校への留学や在学中から積極的にボランティアへの参加が出来る環境を選ぶことがおすすめです。

最新の治療法や貴重な症例に対する知識を深めたい、研究に携わりたいという方は、事前に学術誌などで在籍する教授の論文を読み、自分や希望する専門分野を検討しておく必要があります。

生活環境

旅行とは異なり、留学ではある程度長期的に生活することを考えると、どのような環境で生活したいのかということも、最適な留学先を選ぶ上で考えたい項目の一つです。

都市部は留学先として人気のあるエリアで、人種が多様だったり、レベルの高い大学や施設が多く、最新の機器や治療法を積極的に取り入れていることが多いようです。また、娯楽施設も充実しているなどの特徴があります。

反対に田舎の方では、地域に密着した医療を提供している施設が多く、現地の人々と触れ合いながらゆったりとしたペースで学ぶことができます。

生活にかかる費用も都市部と田舎では大きく差があるため、金銭面も考慮しながら自分の好みや生活スタイルにあった場所に留学すれば、不要なストレスを感じることなく、より快適な留学生活を送ることができるでしょう。

4.言語聴覚士(ST)が留学する際に必要なもの

留学するにあたって費用や語学力など、気になることも多いのではないでしょうか。

STとして留学する際には専門的な分野になるため学費や入学に関する難易度など、一般的な語学留学とは異なる点も多くあります。よく確認して、自分に必要な準備を整えましょう。

留学費用

オーストラリア留学センターによるとオーストラリアの主要大学院に入学する場合には、2年間で学費は90,000ドル(約735万円)程度になります。通常の語学留学であれば、語学学校の学費はオーストラリア1年間でおおよそ18,000ドル(約140万円)程度が目安になります。2年間の語学留学で単純計算280万円ですので、学費にはかなりの差があることがわかります。

一方で、日本言語聴覚士協会によるとアメリカの大学に留学する場合にはコミュニケーション障害学科が州ごとに2~3以上の大学に設置されており、授業料は年間 80 万~250 万円以上と、大学によって大きな差がありますので、自身の予算に合った学校の選び方もできます。

上記の費用は学費のみですので、ここからさらに受験費用、渡航費、生活費、ビザの申請費用、留学保険などの費用が別に必要になるため、300~400万円程度が追加でかかります。

語学力

STとして留学する場合には現地の言葉を学びに行く語学留学とは異なり、受験を希望する時点で、専門的な講義についていけるだけの語学力を習得している必要があります。

日常的な会話はもちろん、授業ででてくる言葉は治療に関わる専門的な単語が多く並びます。さらに患者様の多くは言葉をはじめとしたコミュニケーションに難がある方を対象とするのがSTの仕事ですので、より難易度はあがります。

受験に際しても、各学校で基準が設けられており、アメリカやオーストラリア、カナダなど英語圏への留学にはIELTS(International English Language Testing System)という英語検定の結果が多く活用されています。

IELTSは、4つの英語スキル(書く、読む、聞く、話す)をはかるテストで、IELTSアカデミックとIELTSジェネラル・トレーニングの2つのモジュール(タイプ)から成り、総合的なバンドスコアと、テストの各セクションで1(最低)から9(最高)までのバンドスコアが与えられます。

オーストラリアにあるST大学院の受験条件を例にあげるとIELTSアカデミックでIELTS7.0~7.5(すべてのセクションで6.5~7.0以上)の照明が必要とする学校が多く、複雑な言葉遣いや詳細な論理もおおむね理解できるレベルの英語力を有している必要があります。

提出書類

留学先の学校により、願書提出の際に必要となる書類が異なるので早い段階から準備を始めましょう。履歴書や志望動機書の提出のほか、推薦状の提出を求められたり、与えられたテーマに沿った論文の提出を求められることもあります。

これら必要な提出書類は各大学・大学院のホームページから確認することができます。容易に時間がかかるものもありますので、よく確認して、不足のないように準備しましょう。

たいていの学校では留学生の場合、留学生事務局と学部と2か所に書類をおくる必要があり、留学生事務局での一般的な審査が通っていないと学部の審査は進まないことが多いので、締め切りに間に合わないということがないように注意が必要です。

学生ビザ

学生ビザはその国の教育機関に通う場合に必要になるビザです。そのため、入学が決定したら、すみやかに申請を行い、ビザを発行してもらう必要があります。学生ビザ取得のための要件として、学校の入学許可書や学費の納入証明書、健康診断書などを提出します。

入学決定から限られた時間で、留学の準備を行うことになりますので、あとから慌てることのないよう、事前に必要書類や手続きの流れを確認しておくと良いでしょう。

短期間であれば、学生ビザを必要としない国や、留学で学位取得した卒業生に対して数年間の就労可能なビザを出す国もありますので、自分の留学先がどこに当てはまるのかもみておきましょう。

5.留学だけでは海外で働くことはできない

日本の言語聴覚士(ST)が海外でSTとして働くためには、日本で取得した資格が自身の希望する国でどのような扱いになるのかの確認が必要です。

STは多くの国で言葉や飲み込みの専門職として確立されていますが、国によってSTになるための学歴や取得単位など資格取得までの基準が異なっていたり、試験も国家試験であったり、国ごとに存在するST協会のような団体が行う試験であったりとバラつきがあります。

例えば、オーストラリアではSTになる方法としてSpeech Pathology Australia(SPA)という認定団体の認可コースを修了する、または海外の資格保持者が・英語力・職歴・最終学歴でオーストラリアのSPA認定コースと同等の学位があるかどうかの査定に合格する、という2つの方法があります。

日本のSTは「海外の資格保持者」にあたりますが、SPAが求める学位基準に及ばないため、オーストラリアで言語療法士の認定を受けるには、オーストラリアの大学卒であることが求められます。

また、STとしてのみならず、海外で働く際には就労ビザが必要です。就労を目的に海外へ行く場合は、あらかじめその国の出入国管理制度についてしっかり調べて、必要な就労ビザを取得するようにしましょう。

6.まとめ

今回は言語聴覚士(ST)の留学する際に抑えておきたいポイントや注意点について、ご紹介しました。

STは「言葉」を主として扱うという特性や、国による言語の違いなどにより、なかなか海外に目を向けにくい職種ですが、海外の文献などを見てみると興味深い症例や研究の論文が多くあります。

学費や語学力など留学までのハードルはなかなか高く感じる方も多いと思いますが、それだけ留学から得られる学びは大きいと言えますので、興味のある方はぜひ海外留学にチャレンジしてみてください。

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