言語聴覚士(ST)はどの分野の職場においても人との関わりが多く、様々な疾患を抱えている方を対象にリハビリを行うため、時にはトラブルに巻き込まれることも無いとは言い切れません。

STをはじめとしたセラピストが安心して臨床に携われるよう、各協会では「賠償責任保険制度」というものが設けられています。また怪我などで働けなくなった場合にも生活を保障してくれるサービスがあります。

有事の際には医療に携わったセラピスト個人の責任も追及されることもありますので、今回は日本言語聴覚士協会が窓口となっているST専門の保険について詳しくご紹介していきます。

協会が提供している情報を基に解説していきますので、安心してリハビリ業務に従事するためにも、ぜひ一読してみてください。

1.賠償責任保険制度の特徴

言語聴覚士(ST)の場合、賠償責任保険制度は日本言語聴覚士協会が加入の窓口となっています。まずは賠償責任保険制度がどのようなものか確認していきましょう。

賠償責任保険制度とは

「賠償責任保険制度」とは業務上に過失があり、療法士個人として損害賠償を受けた際に、その損害を補償する制度のことです。

この制度には日本言語聴覚士協会の正会員すべてを対象とした「基本補償」と、各自で任意に加入する「追加補償」の2つがあります。

基本補償と追加補償の違い

基本補償と追加補償には以下の表のような違いがあり、追加補償にも加入することで対人保障の限度額の引き上げや、基本補償だけでは賄えない対物賠償や初期対応費用も補償されます。

各補償の支払限度額

 基本補償追加補償
対人賠償1事故3,000万円 (保険期間中最大9,000万円)1事故1億円 (保険期間中最大3億円)
対物賠償なし1事故・保険期間中100万円 (免責金額 1事故 1,000円)
人格権侵害1事故・保険期間中300万円なし
初期対応費用なし1事故100万円 (うち身体障害についての見舞費 用は、1事故において被害者1名 につき3万円限度)
弁護士・訴訟費用ありあり

①対人補償

リハビリ中に患者様自身が、けがをした場合などの補償です。

具体例としては「ST訓練に向かうための移動時にSTの不注意で転倒させてしまい、骨折など治療が必要になった」「摂食・嚥下訓練中に訓練に使用した食べ物が喉に詰まって窒息した」などが挙げられます。

②対物補償

患者様の持ち物を壊してしまったような場合の補償です。

具体的には「ST訓練時に患者様の装具を装着しようとして誤って破損してしまった」「ST訓練送迎時にベッド周囲にあった患者様の所有物を落下、破損してしまった」などのケースが考えられます。

③人格権侵害

患者様のプライバシーを漏らしてしまったような場合の補償です。

例えば「ST訓練時に得た患者様の個人情報を外部に漏らしてしまい、プライバシーの侵害で訴えられた」「学会発表など研究のために収集した情報が、侮辱的・差別的であったと患者様から訴えられた」というようなケースが考えられます。

④初期対応費用

初期対応費用は、治療費ではなく見舞金を支払ったような場合の補償になります。

例えば「ST訓練時にSTの不注意で負傷させてしまったため、責任者とお詫びに行くとともに見舞い金を支払った」「STの不注意で患者様の眼鏡などの所有物を破損させてしまい、日常生活に支障が生じるため、取り急ぎ謝罪とともに弁償した」というような場合に適用されます。

⑤弁護士・訴訟費用

医療事故で訴えられたときに訴訟にかかった費用や、弁護士を雇ったときの費用の補償を指します。

具体的には「STが行った摂食嚥下訓練が原因で窒息し、全身状態の低下、予後が不良となり家族から訴えられた」「ST訓練中の急変に対して、可能な限り対応したが間に合わず、死亡したため遺族から訴えられた」などのケースが考えられます。 

加入条件と保険料について

加入条件としては、基本補償、追加補償ともに日本言語聴覚士協会の会員である必要があります。そのため、会員ではない方が加入したい場合は、最初に日本言語聴覚士協会に入会しなければなりません。

基本補償については日本言語聴覚士協会が団体加入しているので保険料を負担する必要はありませんが、追加補償に任意加入するときは、払込取扱票に必要事項を記入したうえで、郵便局から保険料を振り込む形になります。保険料は1年間で1,600円となっています。

新卒者など新しく日本言語聴覚士協会の会員となった方は入会した時期により年度途中からの加入となります。3ヶ月ごとに申し込み締め切り日が設定されており、期間により保険料も変わってきますので、事前に確認したうえで所定の保険料を振り込む必要があります。

継続する場合は3月の申し込み締め切り日までに継続の手続きをすることで、4月1日から1年間の保証期間となります。

2.賠償責任保険制度のメリット・デメリット

これまで、賠償責任保険制度について解説してきました。では、言語聴覚士(ST)が賠償責任保険制度を利用するメリット・デメリットはどのようなものがあるのか、みてみましょう。

メリット

賠償責任保険制度への加入による一番のメリットは、不測の事態への備えです。

従来、病院内における医療事故については、病院や医師が賠償責任を負うことが一般的でしたが、近年では、病院や医師だけではなく、看護師やセラピスト個人の過失が認められ、個人に対して損害賠償請求されるケースが増えてきています。

基本補償だけであれば日本言語聴覚士協会に入会すれば補償を受けられるため、入会費と年会費のみで保険料はかかりません。

リハビリ中に起こりえる、不測の事態を考えると追加補償にも加入しておくことが望ましいでしょう。特に、急性期病院で勤務されているセラピストと在宅で関わっているセラピストには追加補償への加入をおすすめします。

急性期病棟では、患者そのものの状態が悪く、リハビリ中もリスク管理が重要になります。急変したり、思いがけないインシデントも起こりえます。また、訪問リハビリなど在宅でのリハビリでは利用者様に急変等があった際に早急に処置が行えないケースが多く、責任がセラピストに1人に求められることもあります。

そのため、臨床で働くSTとして、不測の事態になったあとのことを考えると、患者と直接関わるセラピストは賠償責任保険制度に加入しておいて損はありません。

デメリット

賠償責任保険制度への加入によって生じるデメリットとして挙げられるのは、加入手続きや継続手続きの手間と保険料の支払いが挙げられます。

基本補償は手続き不要で保険料もかかりませんが、日本言語聴覚士協会への入会が条件なので初年度の入会費と毎年の年会費がかかります。追加補償に関しては別途申請が必要ですので、こちらの手続きと、期間に応じた保険料(年間1,600円)を支払わなければなりません。

しかし、手続きも協会への入会と追加補償に関しては年に1度であり、保険料も補償内容を考えると高い金額ではないため、大きなデメリットにはならないでしょう。

3.団体総合生活保険の特徴

賠償責任保険制度と同様に言語聴覚士(ST)向けの保険に団体総合生活保険というものがあります。こちらもSTが安心して働けるように作られたものですの読んでみてください。

団体総合生活保険とは

病気や怪我により長期で働くことが困難になった場合、収入減少のなかで日常の生活費に加え、治療費による支出が加わります。

期間が長引くほど生活が苦しくなる状況が予想されるため、「団体総合生活保険」では負担軽減のため、減少した収入をサポートしてくれます。

6つの補償について

団体総合生活保険では大きく分けて6つの項目について補償を受けられます。自身のニーズに合わせて選択・組み合わせることが可能で現在他の保険に加入している方でも必要に応じて加入することができます。

①医療補償

病気や怪我で入院・手術をした場合等に保険金が支払われます。下記の項目ごとに一日あたりの金額が設定されており、入院の場合、金額×日数分の保険金を得ることができます。

体調不良のほか、STの場合は摂食嚥下訓練や口腔ケアの際に患者様に噛まれてしまい手を怪我したなど予期せぬ怪我も考えられますので、備えておきましょう。 

疾病入院病気で入院したときに1日目から保険金が支払われる
疾病手術病気で手術をしたときに保険金が支払われる。
放射線治療病気や怪我で放射線治療を受けたときに保険金が支払われる。
障害入院怪我で入院したときに1日目から保険金が支払われる。
障害手術怪我で手術をしたときに保険金が支払われる。
総合先進医療病気や怪我で先進医療を受けたときに保険金が支払われる。
総合先進医療一時金総合先進医療基本保険金が支払われる先進医療をうけたときに保険金(一時金)が支払われる。

②介護補償

被保険者が所定の要介護状態となった場合に保険金(一時金)が支払われます。

これにより、公的介護保険制度において自己負担となる自宅改修や介護用品購入等の介護に要する費用に備えることができます

③がん補償

がんと診断確定された場合や、がん治療のために入通院をする場合等に保険金が支払われます。

がんの治療は長引く場合が多く、転移や再発する可能性もあるため、発症後は油断できない状況が長期にわたります。そのためがん補償は医療補償とは異なり、支払い日数の制限なく支払われます。 

④所得補償

病気や怪我で働けなくなり、その期間が免責期間(4日)を超えた場合に、最長1年保険金が支払われます。

これにより入院や自宅療養で働くことが困難な期間の給与を補うことができるため、STとして働けない期間も安心して治療に励むことができます。 

⑤個人賠償責任

国内外において、日常生活で他人に怪我をさせたり他人の物を壊してしまったときや、国内で他人から借りた物や預かった物を壊したり盗まれてしまったときなど、法律上の損害賠償責任を負った場合に保険金が支払われます。

STの場合、学会や勉強会へ出席する際に友人や施設から借りた機材の破汚損や盗難なども可能性として考えられます。また、趣味活動での事故なども補償の対象ですので、備えておくと安心です。 

⑥傷害補償

国内外での急激かつ偶然な外来の事故により、保険の対象となる方がケガをした場合に保険金が支払われます。

例えば、自転車通勤中に転倒し靭帯を損傷した、旅行先で事故を起こし骨折した、自宅で料理をしていて火傷したなどが保険の適応になります。飲酒運転での事故による怪我や喧嘩による怪我など、違法行為や怪我することが予測される行為が原因の場合は適応外となります。

加入条件と保険料について

1章で解説した賠償責任保険制度と同じく、団体総合生活保険も日本言語聴覚士協会が窓口となっており、日本言語聴覚士協会の会員である必要があります。そのため、会員ではない方が加入したい場合は、最初に日本言語聴覚士協会に入会しなければなりません。

団体総合生活保険は本人型と家族型の2種類があります。家族型への加入であれば傷害補償、所得補償、介護補償、個人賠償責任の項目において、会員の家族(配偶者、子供、両親、兄弟)も保険の対象となります。医療補償、がん補償は本人型のみです。

保険料に関しては、加入者の年齢や加入時期、希望の補償項目の組み合わせやタイプにより異なります。加入申し込みは毎月締切日が設けられており、途中加入も可能です。また、団体割引として保険料が5%安く設定されています。

4.団体総合生活保険のメリット・デメリット

団体総合生活保険への加入における大きなメリットは働けなくなってしまった際にも収入が補償されるという点です。生活するうえで、金銭的な不安は可能な限り除いておきたいという方にはおすすめです。

また、メリット・デメリットに共通して、「保険料の支払い」と「現在加入している保険との兼ね合い」が挙げられます。

月々の保険料は3章の「加入条件と保険料」の項で解説したように年齢や組み合わせなど人により異なるため、一概に高い・安いとは言えませんが、団体割引が効くことはメリットであると言えます。しかし日本言語聴覚士協会への入会のほか、月々固定の支払いが発生しますので、金銭的な負担が生じます。

また現在、他に加入している保険があるという場合には、そちらの補償内容も確認し、自身に必要な項目を選択していく必要があります。重複していても特に問題はなく、その分補償は手厚くなりますが、こちらも金銭的負担の増大に注意が必要です。

5.まとめ

今回は、言語聴覚士(ST)が臨床の場で働く際に安心して働くための2つの制度、「賠償責任保険制度」と「団体総合生活保険」について解説しました。

とくに「賠償責任保険制度」は患者様との間に起こる不測の事態に対応した保険です。STは摂食嚥下訓練など小さなミスが死に直結する訓練や、個室の訓練室でリハビリを行う場面も多くありますので、事故が起きてから困ることのないよう、よく考えておきましょう。

また、言語聴覚士協会への入会は強制ではないため、入会していないという方も多いと思います。加入することで研修や講習会への参加や求人情報の閲覧、生涯プログラムの受講などもできますので、これを機に言語聴覚士協会への加入を考えてみるのもおすすめです。

ご不明点があれば、是非PTOT人材バンクのキャリアパートナーに遠慮なくご相談ください。
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言語聴覚士_退職金

参照文献
一般社団法人 日本言語聴覚士協会賠償責任保険制度のお知らせ
2022年度追加補償制度の任意加入募集について
基本補償・追加補償のご説明について
・一般社団法人 日本言語聴覚士協会賠償責任保険制度の補償内容
・補償の対象となる事故の例
・任意加入の手続きについて

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